私は縁あって、15年程前から高齢者施設のインテリアに関わらせていただくようになった。私は住宅のインテリアから仕事をスタートし、マンション・戸建の新築やリフォームの経験はあったが「施設」となると、その頃は未知の世界。しかし、入居者の方が「わが家」と思えるような空間をつくりたい、という思いに共感し、ぜひお手伝いしたいと考えた。「わが家のような施設インテリア」。特に現在、施設は機能だけでなく、居心地の良さ、暮らしの質が求められているなかで、インテリアならではの個々に寄り添う空間づくりが役立つと感じている。
例えば、空間ごとに色合いに差をつけコーディネートすることは、認知症ケア、見当識*)サポートに役立つ。トイレの場所が一目でわかるよう、他の扉とは取手色に差をつけることや、便器の“背景”になる床材・壁紙の色選びもコントラストの視点が活用できる。さらにいうと、食卓椅子などの家具に対し、内装材は“背景”と捉えて色合わせを考える。ケアの質を高めるための視点は、単体ではなく、トータルコーディネートの視点が重要だ。これらの視点から生まれる住環境が、シニア世代の日々のストレス軽減、安心につながる可能性は大きい。
また慣れ親しんだ雰囲気や、大切な思い出を身近に感じられる設えは、心を穏やかに保つために大切な要素である。私は施設での仕事中、インテリアが入居者の方の心を穏やかな方向へと導く瞬間に遭遇した。思い出が蘇るきっかけは自然の風景であったり、可愛がっていた動物のモチーフだったり。ここにも住人十色といわれるインテリアが役立つ道は多いと確信した。
最近嬉しいのは、施設で使える建材のバリエーションが豊富になってきたことだ。内装材とのコーディネートで、無限の組み合わせが想像できてワクワクする。多くの人が想像する「施設」というイメージの枠を超え、これからはもっと多様な空間があっていいと思う。もちろん、住まいも同じ。施設で必要なケアの視点は、自宅でも活用できるものであるし、自宅であれば、本来もっと個性的であっても良いはずだ。シニア世代にとって一番大切なのは、ストレスなく、心穏やかに過ごせる環境なのだから。
私は今月から、東京都健康長寿医療センター研究所で、高齢期の健康と住環境についての研究プロジェクトに参画させていただくことになった。ここは1872年(明治5年)に設立された「養育院」がルーツとされ、渋沢栄一が初代院長を約50年間努めた歴史ある場所。さらに2022年は、養育院創立150周年にあたる記念の年となる。
インテリアが役立つ道は、新たなフィールドでも着々と広がりそうな予感がしている。
*)時間、場所、周囲の人・状況などについて正しく認識する機能
2022年5月1日号 室内装飾新聞 インテリアトレンド情報に掲載
*尾田恵のインテリアトレンドレポート/月1回連載中