2022年12月号室内装飾新聞『心穏やかに保つためには』

いよいよ年の瀬が近づいてきた。振り返るとやはりこの一年も早かったように思う。何ごとにおいてもリアルの有難みを感じるようになったことは、パンデミックの影響といえる。同時にこれらの経験を通じて、想定外の出来事に打ち勝つためには、心のありかたがとても重要だということも実感した。日々、心を穏やかに保つための生活環境が、いま必要とされているのではないだろうか。

 鎌倉にはそんな心のありかたについて考えさせられる場所がある。明治、大正、昭和を経て、多くの文学者が暮らすようになった鎌倉。長谷にある文学館に訪れたとき、よりよい創作環境を求めて集まったという偉人たちの心のありかたに少しばかり触れることができた。昭和11年に建てられた『鎌倉文学館』は、洋風と和風デザインが混在する建物だ。数々のテレビドラマのロケ地としても有名で、佐藤栄作元首相の別荘であったり、皇族が度々訪れたという華やかな歴史もある。昭和60年に鎌倉文学館として開館された後には、ゆかりのある文学者たちの直筆原稿、手紙、愛用品などが展示されている。

 より良い創作環境とは「心を穏やかに保つための環境」だったのではないか、そう感じたのは直筆原稿に残る苦悩の足跡をみたときだ。書いては消し、消しては追加し、という生々しい軌跡が、展示されていた全ての原稿用紙に残っていた。作家という職業の方が抱える暮らしを同様に感じることはできないが、少なからず、苦悩と共に暮らした偉人の日常を垣間見ることができた。

 鎌倉には海があり、山があり、魅力的な古民家も多い。心を穏やかに保つ術は人それぞれだと思うが、現代においても、住まいや生活環境に求めるものは、そう変わらないように感じるのだ。

 晩年長谷に暮らしていた川端康成が通ったという、老舗のBARは今も残っている。レトロモダンなカウンターに座ると、何故か心が落ち着く。また鎌倉文士の一人、里見弴が自ら設計した自邸は「ストレスのない家」だという。文学者ゆかりのインテリア空間は、現代の環境づくりに大切なことを教えてくれている。

2022年12月1日号 室内装飾新聞 インテリアトレンド情報に掲載
*尾田恵のインテリアトレンドレポート/月1回連載中

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